「同じ薬」や「違う薬」は誰にとっての「同じ」や「違う」?分類してわかることわからないこと

なんの薬なのか分からない その他・日々雑感
なんの薬なのか分からない

pharmasahiroです.

あるPという薬とDという薬が同じなのか違うものなのか.

違うのはどういうことなのか.
同じならばどれくらい同じなのか(≒似ているのか).
その根拠や判断の拠り所はどこにあるのか.
今日はそんなことをふと思ったので備忘録として残しておきます.

構造式や薬理作用などで薬を分類すればそれですべてOK?

大学で学ぶ学問の一つに薬理学があります.
そこにはかならずと言ってよいほど構造式が必ず出ていました.

この薬はこれこれのこういうカタチが似ているから同じ(逆も然り).
これらの薬はこう言う作用機序が考えられているから同じ(逆も然り).

国家試験を無事パスして,現場で働く中でかなりこういった考えや視点が身体に染み付いてはいたのですが,
ここ数年で随分と考えが変化している自分に気がつきました.

構造式や作用機序の違で薬を分類することがどこまで臨床的に意味があることなのでしょうか.
そういうやり方を突き詰めて,果たして本当に薬のことが理解できるのでしょうか.

もちろん,構造式や作用機序が無駄だとは思っていません.
薬が体の中でどういう巡りかたをするのか,や,
鍵と鍵穴とか,そういう目線で薬を分類することも薬を理解する一翼を担っているでしょう.

とはいえ,
それで十分なのでしょうか.

学問としては「違う薬」でも臨床的に「同じ薬」は存在する

例えば,DPP-4阻害薬.
構造式上の違いや薬物動態的な違いは確かに存在します.
(腎排泄とか肝代謝とか)
ただ,そういう学問上の違いはあっても,
臨床的には「血糖値は下げるけれど糖尿病の合併症は減らせない」
という視点からすれば,「同じ薬」とも解釈できるのではないでしょうか.
(別にDPP-4阻害薬を特別に敵視している訳ではありませんよ.念のため)

ちょっと話題を逸らします.意図的に.

トポロジー(位相幾何学)という概念があります.
この学問によると,
コーヒーカップとドーナッツは「穴の数が同じ」だから同じものとして分類されるようです.
(より正確には特異点の数という視点だそうです)
それまでの角度の大きさや線分の長さなどで厳密に図形を分類していた幾何学(こちらは現在,微分幾何学と言われているそうです)とは全く異る,
やわっこいやわっこい(=柔らかい)幾何学です.

これを臨床薬学へのアナロジーとして考えてみましょう.

こまかな構造式の違い,それもある視点からは重要でしょう.
例えば合成化学の視点では構造の違いなどはかなり(と言うか絶対に?)重要視されることでしょう.

細かな薬理作用や作用機序の違い,それもやはり,ある視点からすればやはり重要でしょう.

ただ,我々医療者の最重要課題は,臨床的に重要な違いがあるのかどうか,のはずです.
つまりその形などの違いが,最終的にヒトの病状の回復度合いや予後などにどれだけの差をもたらすものなのか,ということです.

そいういう視点に立てば,やっぱり,
上記の薬は「同じ」とも言えるのではないでしょうか.

まとめ

「世界は分けてもわからない」
という福岡先生のお言葉に表されているように,あまり細かな分類に躍起になっていると,患者さんのことを置き去りにしてしまうのではないでしょうか.

厳密な分類がもたらす臨床における差分は,我々医療者が思っている以上に小さいのかもしれません.
(だからといって構造式などを学ぶなとは言ってないですよ)

学問としては有意な差でも臨床上はどっちでもいいしどうでもいい誤差.
一つの視点だけではおそらく気付けなかったこと.
こういうことに出会う(思いつく?)から学びはやめられないものです.

今日はここまで.
それでは▽