情熱,再び

pharmasahiroです.

「年齢を重ねてゆくと, いつしかなくなってゆくものがある, それが情熱だ」
なんて, 陳腐な言葉を思い出しました.

そんなことは自分とは無縁だろうと今まで思っていたのですが,
ここ1年間ほどで, 思い当たる事情や理由はあるのですが, 上記の言葉がまさに事実として自分に降りかかってきております.

自分の中で何かが消えつつある
そしてそこから黒いドロドロとしたものが出てきて,
自分を内側から喰い殺そうとしている.
頭も心も, そして魂も飲み込まれて腐ってゆく…

もちろん, 今だって叶えたい夢はありますしやりたいことも山ほどある…とは頭の中にはあるものの,
「もう無理なんじゃないか」, なんて言う状況を何度か経験し, いつしか心が追いつかなくなってきてしまいました.

自分のこの状態が一体なんなのか, “それ”に医学的な病名診断が必要なのかどうかはさておき,

このままじゃマズイ<

とは自分でも重々承知しております.

振り返って, 情熱とはなんでしょう.
広辞苑(?)によると,

情熱とはある物事に向かって気持ちが燃え立つこと。また、その気持ち

のことを表すもののようです.

要するに, 特定の物事に対して燃え盛る気持ちを持つこと, でしょうかね.
つまり情熱を持つには, 自分が何か「あること」に対して関心をもち, それに対して熱い思いを抱くようにならなければなりません.

さて, 自分はどうか.

自分の情熱の「対象」は何か.

それは世の中からEBMと言う言葉が必要無くなること

日常で出会う, または生まれる,
膨大な臨床疑問に対して,
その疑問を端的に表し,
適切でかつ現時点で最良の情報を見つけ
その妥当性を吟味して現場に適用させ,
その結果を振り返る…

…そんな一連の営為が医療・介護, そして予防の世界で当たり前のように行われる世界を創る.

誰でも気軽にEBMの手法について質問できる, 手をあげられる, 愉しく気軽に学んで実践して, 仲間を増やすことができる.

そんな世界を創りたい.
それが, 僕の情熱の燃料であり対象.

…やっと思い出した.
もちろん, 簡単な道ではないし, 険しく暗くて果てのない旅になるかもしれないでしょう
(と言うか多分そうなる).

でも, 自分は1人じゃない.
1人では無理でも, 仲間がいれば, だいじょうぶ.

全く持って根拠のない自信ですが,
正解のない世界で応えを創造するには根拠がない自信が不可欠でしょう.

情熱とは夢にも近いのやもしれません.
夢を描いて, それを実現させるために自身を奮い立たせる熱い想い.

それが情熱.

情熱を持つ人はカッコいい
夢を語る人はカッコいい

素直に, カッコいい漢を目指そう.
そんな風に, 思った, 雨の日の昼下がり.

今日はここまで.
それでは▽